福山市は、長い歴史と伝統をふまえ、備後地方の中核都市として、21世紀を展望した「人間環境都市」の実現をめざしています。
1945年8月8日、私たちはB29爆撃機91機による空襲によって、市街地の8割を消失し,354名の尊い人命が奪われました。
この戦災の惨禍をすべての市民が、心に深く刻んで、戦後復興に取り組んできました。
そして、1954年の第五福竜丸事件をきっかけに「原水爆禁止運動福山推進連盟」を結成し、今日まで多くの民主団体の参加を得て、幅広い平和活動を続けて参りました。
一方、「水平社」の伝統を受け継ぐ同和地区の人々の「人間解放」を求める熱い思いと運動は、1965年に同和対策審議会答申を実現し、本市でも、1972年「福山市同和対策審議会答申」が策定され、同和問題解決を市政の重点施策として取り組んでいるところです。
さらに、1979年からは人権意識の高揚をめざして、地域別住民学習をはじめとする市民総学習運動が進められています。
こうした積み重ねを受けて、1984年に「平和非核都市」を宣言するとともに、1986年12月議会において、「恒久平和の維持と基本的人権の尊重」を「都市づくりの基本理念」として定めたところです。
このような本市の歴史と基本施策をふまえて建設した福山市人権平和資料館は、資料展示などを通して、同和問題解決をはじめとする人権の確立と恒久平和の実現が、私たちの生活にとって最も基本となる大切なことであることを、多くの市民の皆さんに理解していただくことを目的としています。
展示内容
○常設展示
・展示室T [平和部門]福山空襲の実相と戦時下のくらし
・展示室U [人権部門]部落の歴史と解放のあゆみ
○企画展の開催
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